特許1件2万円?

以前「正しさの価値」という記事で書いた,「青色発光ダイオード」をめぐる裁判が,和解という形で決着した.報道では相変わらず「中村氏が青色発光ダイオードを発明した」という誤りが言われており,少々うんざりしているが,上の記事で書いたように,もうあきらめ気味である.

だが,次の誤りはどうしても見過ごせない.それは,「この特許に対して,日亜化学から中村氏に,出願時1万円,登録時1万円の計2万円が支払われた」ということと,「特許の対価を2万円しか払っていない」ことを混同していることである.

最近は大学でも特許出願を奨励するようになり,私もいままでに2件の特許を出願したが,2万円どころか1円ももらっていない.当たり前である.特許を出願した段階ではまだ1円もお金を稼いでおらず,むしろ出願に対してかかる費用の分だけマイナスである.

それに,出願しただけでは,まだその特許が認められて登録されるかどうかはわからない.今回の裁判の争点である「404特許」も,「すでに類似の発明が知られている」との理由でいったん拒絶されたうえに,修正されて登録されており,また登録後にも異議申し立てによりさらに修正されている.また,その特許が登録されて権利が得られたとしても,特許権を保持し続けるには特許庁に「特許料」という維持費を払い続けなければならない.つまり,事業化に成功しなければ,特許は不良資産でしかない.

だから,ここでいわれている「2万円」は,特許の対価ではない.特許そのものではなく「特許出願という仕事」に対する手当であって,特許の内容や特許の価値については何も問題にしていない.特許の価値は,実際にその発明を事業化してみなければわからない.従業員の発明によって会社が大きな収益をあげれば,そのときは会社はその従業員に報いるべきだが,従業員にとってその処遇が不満であれば,今回の例のように,日本の制度では後から裁判で対価を要求することもできる1)2).今回の発光ダイオードの例では,特許の価値が大変大きいと思われることから話題となったが,それと2万円とは関係はない.

このような誤解が世の中に広まるのは,「特許=発明=なんとなく『イイモノ』」という固定観念があり,短絡的に「『イイモノ』が2万円では安い」と考えてしまうからではないだろうか.上で述べたとおり,特許を取得してもそれだけではマイナスであり,特許をたくさん取得したからといってすぐに儲かるわけではないのだが,そのような幻想が広まっているために「論文を書くよりも,特許を出願して儲ければいい」と大学教員にも安易に言われるのは,困ったものである.

(05. 1. 13)

1) この制度は「自分が売った株が後で大きく値上がりしたから,自分にも分け前をよこせ」というようなもので,本来はおかしな制度である.これは特許ではなく著作権の例であるが,「およげたいやきくん」を歌った子門真人氏のように,権利を一定金額で売ってしまった後で作品が大ヒットし,大儲けを逃してしまったというのはよくあることである.

ただ,従業員の発明による特許(職務発明)に関しては,発明の時点で価値を予想することが難しいことと,会社と従業員の力関係による不合理な契約から従業員を保護するために,日本ではこのような制度がある.日本以外ではドイツに似た制度があるそうだが,アメリカではこのような制度で従業員が保護されることはないそうである.

2) 個人的には,中村氏の言い分だけをとりあげて「2万円,2万円」というのではなく,日亜化学の言い分も聞いてあげれば,と思う.ただ,社長は「研究開発者は興味を持って取り組んでおり、技術的成果に楽しみを感じている。単純に金銭に置き換える人はそう多くない」と言ったそうだが(毎日新聞2005年1月17日),研究者自身がそう言うことはあっても,これは経営者は言ってはいけないことだろう.