年俸と研究資金

プロ野球選手の契約更改のシーズンである.プロ野球選手は,そこそこの選手でも1億円近い年俸をもらうし,高い人は5億円を超える.

しかし,よく考えてみると,野球が上手だと高い給料がもらえるのは不思議ではないだろうか?彼らは,野球をすることで何かを生産しているわけではない.「野球が上手であること」自体は,社会を豊かにすることへの貢献の度合が高いことを意味してはいない.もしスポーツが上手であること自体に価値があるのなら,他競技でオリンピックの金メダルをとった選手はもっと高給を取っていいはずである.

プロ野球選手の年俸のもとは,プロ野球ファンが試合を見るのに支払ったお金である.「野球が上手である」ことは,それらのお金のうちの分け前を,上手でない選手よりも多くもらう権利がある,というだけのことでしかない.プロ野球を見るためにお金を払う人がたくさんいるから彼らの年俸も高いのであって,つまり「ファンあってのプロ野球」ということである.

わたしのような大学の研究者の研究資金も同じである.大学をはじめとする公的セクターの研究者には,何かの生産に直接つながるわけではない,「学問の発展」を目的とした研究をしている人も多い.私自身もそのうちのひとりである.そういう研究者も,国などから研究資金を受けている.

上の野球選手の例から言えば,この研究資金は研究者自身が稼いだものではなく,「学問の発展」というはっきりしないものの価値に対して支払われたお金の分け前を受けているにすぎない.研究の内容がすぐれていること自体がお金を稼ぎ出しているわけではなく,「学問の発展」にお金を払ってくれる人がいなくなったら研究資金ももらえない.

資金を獲得してしまうと,期間内に使わなければならないこともあってつい忘れてしまいがちになるが,研究資金を使うときには「自分で稼いだ金ではない」ことを常に忘れないようにしなければならないと思う.

(02. 12. 23)