高校数学

私は大学で統計学を教えている.つまり数学の教師の一人だから,高校の数学で習う内容も一応は把握している.学習指導要領は何度も変更されているから,高校時代を過ごした年代によって習った内容・順番はもちろん違っている.私が高校生のころ(1980-1983)は科目名は数学I,数学II(A/B),数学IIIと簡単だったが,私の少し下の年代の人たちは数学I,基礎解析,代数・幾何,微分・積分,確率・統計と5科目になっていた.

現在は,I, II, III, A, B, Cの6冊の教科書がある.ローマ数字のほうは各教科書の内容をすべて学ぶが,英字の方は教科書の中の各単元を各高校で選択する.だから大学入試でも,範囲の指定は例えば「数学A(数と式)」というふうに単元を指定している.

現在の教科書が私たちのころと一番大きく異なっているのは,

  • 数学Iの半分が「数え上げ」と「確率」で占められている
  • 私たちのころは数学IIだった「行列」が数学Cに移った
ことである.この例からもわかるように,現在の高校数学は,単元が「具体的なものが先に,抽象的なものが後に」という思想で配置されている.しかも「III」や「C」は理科系志望の学生しかやらないので,事実上「『行列』はべつにやらなくてもいい」ということになっている.

なるべく生活に密着した内容を扱うことで,「何のために数学をやるのかわからない」という疑問に答えようとしているのだろうか.しかし,いくら具体的なものを扱う努力をしても,「2次方程式を知らなくても何も困らない」などと言い出す人はなくならないだろう(ちなみに,2次方程式は中学校の内容である).それに,そんな疑問にいくら答えようとしても,結局「じゃあ,係り結びの法則を知らなくても何も困らない」などと言い出す人も現れて泥仕合になるだけである.そんな議論をいくらしても,「数学を学ぶ意義は何か」という疑問は永遠に解決しない.

私は,生活に密着しない数学を学ぶ意味は「自分の常識を超えたことを考える力を養う」ことであると考えている.当たり前のことだが,世の中には自分の知らないことのほうがはるかに多い.自分の知らない世界に直面したときには,その場での常識,いわば「ルール」を確実に理解して,思考を進めることが必要である.その点,数学は,ひとつひとつルールを定義してそれをもとに思考を進めてゆくので,「自分の常識を超えたことを考える力を養う」訓練になる.なかでも「行列」に始まる代数の分野は,抽象度が高く,「これこそ数学」という分野である.そういう勉強をせずに,自分の常識に密着したことばかり学んでいても,思考能力の幅は広がらない.

(01. 3. 1)

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