私は,学生時代,オーケストラのクラブに入っていた.オーケストラの演奏会では,演奏が終わった直後によく「ブラボー!」という声がかかる.もちろん,すばらしい演奏を褒め称える意味である.しかし,われわれはやっていなかったが,アマチュアの楽団には「サクラ」をやとって声をかけさせているところもあった,という話を聞いたことがある.サクラには,声の良く通る落語研究部の学生がよばれていたらしい.
歌舞伎にも「○○屋!」という掛け声があるように,サクラも一概に悪いものではない.オーケストラで演奏される交響曲には,演奏時間が長く最後に盛り上がって終わるものが多いから,演奏の直後にうまく声をかけてもらえれば会場はさらに盛り上がる.
しかし,それも場合によりけりである.私が以前経験した件では,ブルックナーの交響曲弟9番の演奏の後だった.この曲は第3楽章までしか完成しておらず,その第3楽章はホルンとワーグナー・チューバ1)の静かな和音に弦楽器の静かなピチカート2)で終わる.だから演奏直後は,柔らかい残響がホール全体に広がる.
こんな曲の演奏直後に,いきなり「ブラボー!」で残響をかき消された.これは,かなり頭に来た.
要するに,「なぜ『ブラボー!』をかけるのか」を考えず,単に「演奏の最後には『ブラボー!』をかける」としか考えていないのではないだろうか.なぜそうするのかを考えず,単にルールや習慣通りに行動するだけでは,一人前の人間とはいえない.
(01. 2. 20)
1) ホルンとチューバの中間のような,非常に柔らかい音の金管楽器.
2) 弦を弓で弾かずに指ではじく奏法.