「メロトロン」という楽器をご存じだろうか.
これは,厳密には「楽器」とは言えない.メロトロンが出すのは,他の楽器の音を録音したテープから流れる音なのである.つまり,メロトロンの鍵盤にはそれぞれテープレコーダーが接続されており,各テープには鍵盤に対応する音程の楽器音(ふつうは弦楽合奏,合唱の場合もある)が録音されている.鍵盤を押すと,対応する音程の音が流れるという仕組みである.
Led Zeppelinの"Rain Song"という曲(1973年)で,メロトロンの美しい響きを聞くことができる.いまこの曲を聴くと,自然音でも電子音でもない不思議な響きに,なぜか懐かしさを感じる.もしかすると,自分の子供時代(1970年ごろ)には,メロトロンの音がテレビなどでごくふつうに流れていたのかもしれない.
現在では,楽器の音をデジタル記録することで,その楽器そっくりの音を電子楽器で出すことができる.だから,スピーカなどの音響機器の性能を別にすれば,家庭の電子ピアノでも,そこにグランドピアノがあるのとほとんど変わらない音を出せる.楽器の世界では,すでに「仮想現実感」が実現されているのだ.さらに,デジタル録音された音はコンピュータで自由に加工できるので,最近のJ-POPなどのCDでは,歌手の声の弱点を補うように音が加工されている.だから,ふだんCDで聴いている歌手の声をライブで聴いてみると,CDとはまったく違っていてがっかりした,という話も聞く.こういうCDは,すでに「仮想超現実感」に達している.
メロトロンは,現代の「仮想現実感」楽器の先祖である.メロトロンの音は,デジタル技術のない時代に仮想現実世界を作り出そうとした,先駆的な人々の夢と努力を今に伝えてくれる.
(01. 2. 7)
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