受験参考書

最近,「誰それの数学I」などと銘打った,有名講師の名前を冠した受験参考書が人気をよんでいる.それらの本を引き合いに出して,大学の講義のわかりにくさを指摘している記述もみたことがある.そこで,敵情視察というわけではないが,大学の数学教師として,講義で配るプリントの制作の参考にすべく,先日の休日に書店にこの手の本を見に行った.

いろいろな数学の参考書を見比べた結果,これらの新しい人気参考書は,私が受験生だったときからある従来型の参考書に比べて次のような特徴があることがわかった.

1.すき間が多い.
通常,学術書はいくつかの文をひとつのパラグラフとする形式で書いてあるので,字がびっしりと詰まっている印象を与える.これに対して,新しい人気参考書では,流行小説のように改行が多く,速く読み進められる.ただし,これらの参考書では,内容がきわめて厳選されていて余計なことが何も書いていないからこのような書き方ができるが,それでも従来型の参考書に比べるとページ数が多く,単元ごとに分冊になっているものもある.

2.式の変形などの思考過程を,手書き文字や赤字で示している
黒板で数学の授業をするときは,式の変形のポイントを色のチョークで囲むなどの方法をとる.それと同じことを本の上で行っている.

3.話し言葉で書いてある.
「〜だよね。」などといった書き方である.これは,私もすでにプリントを「ですます」体で書くことで実践している(私は関西弁を話しているから,本当に話し言葉で書いたら「〜やよな。」「〜とちゃいますから、」などという表現になってわけがわからない).

本当は,大学に入ったらこういう親切な本からは離れて,本来の学術書を読む訓練をすべきなのかもしれない.しかし,こういう参考書で勉強してきた学生たちに,いきなりむずかしい本を読ませてもパンクしてしまうのも事実だ.私の講義の目的は統計学の知識を得ることであって,それが達せられなければ本末転倒である.

人気参考書の著者の中には,大学の講義は下手だとあちこちで書いている人もいるようだが,言われっぱなしでは悔しい.私も,一度これらの参考書の手法を初級クラスで試してみようと思う.

学術書を読むのは,心配しなくても高学年になれば,セミナー形式の講義で十分鍛えられる.そうでなければセミナー担当の先生の怠慢である.

(01. 3. 23)