試合を楽しむ

オリンピックに出場する選手が,出発前に「試合を楽しんできます」と言っているのを,最近よく耳にする.これには,これから真剣勝負に向かうのに「楽しんできます」はないだろう,と,少し違和感を感じていた.現在の日本語の「楽しむ」という言葉からは,なんとなく「一生懸命やらない」というニュアンスを感じるからである.

ところが,最近,この違和感を解決する,ある文例を見つけた.選手の言う「楽しんできます」というのは,おそらく外国から来た表現で,"enjoy"という英語の訳語ではないかと思う.その"enjoy"の意味を表すよい文例を見つけたのだ.

それは,日本国憲法である.日本国憲法の草案は,占領軍によって英語で作られたことはよく知られている.そこには,こんな表現がある.

  • (日本国憲法)第11条 国民は,すべての基本的人権の享有を妨げられない.
  • (GHQ草案)Article IX. The people of Japan are entitled to the enjoyment without interference of all fundamental human rights.

"be entitled to the enjoyment"が「享有」と訳されている.つまり,"enjoy"とは,「誰かに強制されたり邪魔されたりすることなく,自分の意志にしたがって何かをする」という意味だと考えることができる.決して「楽をする」ということではないのだ.

関西弁で言えば,「オリンピックぇ行ったら,機嫌良うやってきなはれ」と送り出してあげればよいということか.

参考資料:竹前栄治,岡部史信「日本国憲法・検証 資料と論点 第1巻 憲法制定史」小学館文庫

(01. 12. 1)